ネガティブケイパビリティが、多少は人並みにはあるかもしれない。と思ったのも束の間。
津波の記事見てから、眠れない💧
ダメだこりゃ。
自分が助かるだけなら、なんとかなるのかもしれないし、私が、死ぬ程度、世の中に痛くも痒くもない事だけど。(家族以外は)
家族や親戚、その仲間たちを思うと何処まで準備が出来るのだろう。この1年くらいで。。。
(とりあえず自助努力は大事かとも思うけど)
シェルターとか、お金なかったら無理じゃんな、地獄の沙汰も金次第のシビアさや。
直接会っては無いけど、SNSで交流がある人やその御家族、道行く方々を見ながら、なんとか回避出来ないものかと、なんとも言えないザワザワとした心持ちになる。
都市沈む可能性を思うと、都市ごと移住を避難した方が良いような。
けど、本当にいつ来るかハッキリしていないのに、そんな非現実的な事、出来るとは思えず…
日程を信じるとしても、その日の前に民族大移動みたいな事をするとなると大掛かりだし、海外と交渉したり、土地が足りるのだろうか…とか、現実的に考え始めたら、怖くなって来てしまった。
誰もいない状態に出来るのだろうか。
移動時期に何も起こらなくて、空き巣とか、犯罪を犯す人は出ないだろうか。とか。
津波が来ないでくれたら、
起こらないでくれる事が一番だと思う。
どうしたら、それが出来るだろう。
そんな事を考えていたら、眠れなくなってしまった。
心の師匠は、随分昔から、震度10とか懸念していて(なんかの脅し⁈とビビる)、地震も津波も止めると言っていて。
震度10や、富士山噴火もないけど、311も、能登も、熊本も、色々あったから、師匠の止めるってなんだろう。と思ったりする。
そういう私みたいな人の不信感、猜疑心が、護る心の力を邪魔して、守れなくしてしまうらしい。
起きた地震は、私のせい(為)。
不信感や猜疑心で、他者の成長や守りを困難にする無自覚な殺人者として、改善した方が、私含め皆が幸せになる。という事らしいが。
罪悪感半端なくなるのは、どうしたら良いのやら。
起きない日常は、師匠に感謝。
なのだ。
その辺りが、微妙にモヤモヤする。
…マルっと信じるって、完全宗教だよね…とも思うから、人様にも話せない。
宗教団体じゃないけど。
師匠にそのつもりはなくても、仕組みが個人カルトじゃないかな…と思ってしまう。
(借金したり、家族崩壊するような悪どさはなく、家族仲は良くなった)
信じていたら、不確かな世の中をネガティブに見る心配通り越して不安神経症タイプの私には、安心だし、楽にはなるのだけど。
それにハマり過ぎるのも、何か違うような、怖い気がして。
(自分の力が弱くなって、依存してしまうような)
現実見ないで、人に責任押し付けて、胡座かいているみたいな時もあり、そうじゃないでしょ。と思う。
精神的に弱っているのかもしれない。
何がネガティブケイパビリティなんだか。
環境に依存しただけの、
へなちょこ精神力だったわ。
情けなく腹立たしい