何が悲しくて、我が身をアホと銘打っているかといえば、一番の理由は、頭が良い(所謂IQや学歴的な)人の頭の良さや、凄さがサッパリ解らない所があるから。
頭が良い人には、良く解らない感覚かもしれないけれど。
職人さんの技術などでも、何が大変か解らなければ、その人の偉大さが専門家にしか解らないように。
普通に勉強を頑張ってきた人なら解る出来る人の凄さが、自分がさっぱり出来ないので、今ひとつ解らないのです。
頭が良い人の頭の良さがどれくらい凄いのか、解らないな。
というのは、辛うじて解っているくらいで、あんまり賢いとは言えない…と思うのだから仕方がない。
アホになりきれば幸せなんだと思うけれど、なりきれない中途半端さなので、賢くなれないなら、周りが見えない幸せなアホになればいいじゃないか。
という訳で、書きたい事を書きたいままに、徒然書かせていただいている。
なんでまた、こんな記事を書きたくなったかって。
ドラマのリーガルハイを見直していたら、
頭の良い人は、頭の良い人の凄さが解るけど、私には、サッパリ解らないな。
と思ったのを、自分の外に置いて置きたくなった。
頭の良い人たちが、羨ましくもあり、ずば抜けた天才って、人類の最先端にいる孤独感とか、天才から見たら主流なくらいにいるバカの思考が理解出来ないとか。
非合理で非論理的な人間への失望とか、苦労が多そうだな。(乗り越えたり切り替える頭の良さもありそうだけど)とも思う。
学歴が高かったり、勉強が出来たり、人一倍、頭の回転が早かったりする人たちの凄さを、解らないながらも、人一倍努力されてきたのだろうな。とは思うのです。
けれど、世間一般的な偉い👏みたいな気持ちにはならないのです。
だって、全て自分の為にやっている事でしょう?
誰だって、何していたって、自分の為に皆生きているのかもしれないけど。
自分の人生がより良くなる為、我が子の人生をより良く生かす為に、頑張って努力されているだけで。
私に何の関係があるんだろう。
と思ってしまうのですよね。
どうせ地位が高く社会を動かせる職についても、自分の人生をより豊かにする為の人脈作りや、仕事をするんでしょ?
確かに、なかなか辿り着けない人が多かったり、凄い事なんだろうな。と思うのだけど。
だから?
って思っちゃうんですよね。
社会がより良くなる為に、幼少期より友達が遊んでいても勉強し続けて、大人になれば、日々、身を粉にして人の為に人生を捧げているような人がいたら、本当に凄すぎて、神だと思うのでしょうが。
そうは思えないので、やっぱり私は、アホなんだな。と思うのです。